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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13342号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

原告と被告らとの間で、別紙賃料目録の部屋番号欄記載の各居室の賃料は、同目録の増額の効力発生日欄記載の日から、月額が同目録の原告主張の適正賃料額欄記載の金額であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、被告らとの間で、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)のうち同目録一ないし一九記載の各居室(以下「居室」という。)を使用収益させる対価として、取得原価相当の保証金の預託と月々の管理費用の支払を受けるという形態の契約を締結した訴外日本保証マンション株式会社(以下「日本保証」という。)から、右契約上の当事者の地位を譲り受けた原告が、右契約は、保証金運用益相当額を賃料とする賃貸借契約であり、右賃料額が不相当になったと主張して、借地借家法附則二条による廃止前の借家法(以下「借家法」という。)七条一項に基づく賃料増額の意思表示をし、増額後の賃料額の確認を求めている事案である。

争いのない事実及び証拠上明らかな事実

1  原告は、昭和四六年四月一七日、日本保証との間で、次の内容を骨子とする本件建物の一括利用権設定契約を締結した。

(一) 原告は、その所有する本件建物(付帯施設を含む。)及びその敷地について、日本保証が居室及び共用部分(以下「利用区」という。)の利用を希望する者(以下「利用者」という。)に後記保証金システムによる個別利用権を設定するために、日本保証に対し、一括利用権を設定する。

右利用権についての対価は、授受しないものとする。

(二) 原告は、日本保証に対し、右個別利用権を利用者に設定する権限を授与する。

(三) 日本保証は、原告に対し、保証金五億〇八三〇万円を納入する。

本契約が、期間の満了により消滅したときは、原告は、日本保証に対し、本件建物の明渡しの日から二か月以内に保証金を無利息で返還し、右返還ができないときは、保証金と等価をもって本件建物の所有権を日本保証に移転する。

(四) 本契約の期間は、昭和四六年四月一七日から一五年間とする。

本契約の期間満了の六か月前までに、日本保証から契約を終了させる意思表示がなく、また、原告から更新拒絶の通知がなかったときは、本契約は、五年間更新されるものとし、以後この例による。ただし、個別利用権が存続している場合は、原告は、更新を拒絶することができない。

本契約は、期間の満了(更新された場合を含む。)まで解約されないものとする。

(五) 日本保証は、利用者に対し、次の内容を骨子とする保証金システムにより利用区を利用させる。

(1) 利用者は、利用区を所有者と同様に居住又は営業のために占有使用し、共同部分を共有者と同様に使用できる。

利用者は、日本保証の文書による承諾を得た場合は、利用区の転貸及び改装をすることができる。ただし、構造部に対する改装をすることはできない。

(2) 本件建物は、日本保証の責任において管理する。

(3) 利用者は、日本保証に対し、所定の保証金及び維持管理費相当額の利用料を納入する。

(4) 保証金は、その返還期まで利息を付さないものとする。

(5) 保証金の返還については、日本保証の指定する金融機関がこれを保証し、右保証期間が更新されないときは、原告は、当該利用区の区分所有権について利用者を権利者とする抵当権設定登記、等価による代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記及び賃借権設定請求権保全の仮登記をする。

(六) 本件建物の修繕、保存に要する経費は、原告の負担とする。

(七) 原告は、利用者に対し、日本保証が利用区について利用者と締結する建物利用権設定契約に基づき利用者に対して負担する債務について連帯保証する。

(八) 日本保証は、善良なる管理者の注意をもって、本件建物を管理し、利用区を利用者に使用させる。

本契約の期間が満了したときは、日本保証は、その翌日に、本件建物を原状に復して原告に明け渡す。なお、本契約の期間の満了前に、日本保証と利用者との間で締結された建物利用権設定契約が消滅したときは、日本保証は、利用者に対し、本件建物の原状回復及び明渡しをさせる。

(九) 本契約の趣旨及び各条項に反しない限り、原告と日本保証との関係については、借家法の規定を準用する。

2  日本保証は、右一括利用権設定契約に基づき、別紙契約目録の契約締結日欄記載の日に、同目録の契約締結時の相手方欄記載の各人(以下「契約締結時の相手方ら」という。)との間で、それぞれ、居室について、次の内容を骨子とする建物利用権設定契約を締結した(右各契約は、期間が別紙契約目録の契約期間欄記載のとおりである点及び保証金額が同目録の保証金額欄記載のとおりである点を除いて同内容である。以下、右各契約を「本件契約」という。)。

(一) 日本保証は、居室について、利用者に対し、本件契約に定める条件で利用権を設定する。

(二) 日本保証は、前記1の(五)記載の内容の保証金システムにより、利用者に対し、居室及び共用部分の使用をさせる。

(三) 契約期間は、別紙契約目録の契約期間欄記載のとおりとする。

(四) 契約期間満了六か月前までに、利用者から契約を終了させる意思表示がなく、又は、日本保証から更新拒絶の通知がなかったときは、当該期間満了の日の翌日から起算し、さらに五年間、契約は更新されたものとし、以後この例による。ただし、利用者は、契約期間中一か月前に予告して契約を解約することができる。

(五) 契約締結時の相手方らは、日本保証に対し、別紙契約目録の保証金額欄記載の額の保証金を支払う。

(六) 契約が期間の満了、解約、解除その他の事由により消滅した場合、日本保証は、利用者が居室及び共用部分を明け渡した日から四か月以内(ただし、被告吉川幸子については、一か月以内)に、保証金を現金をもって無利息で返還するものとする。

(七) 契約の趣旨及び各条項に反しない限り、日本保証と利用者との関係については借家法の規定を、利用者相互の関係については建物の区分所有等に関する法律の規定を、それぞれ準用する。

(八) 利用者は、日本保証に対し、毎月管理費相当額の利用料を支払う。

公租公課の増徴、維持管理実費の昇騰、経済事情の変動、その他の事由により、利用料を改定する必要が生じたときは、利用者は、合理的な改定についてはその変更に応ずるものとする。

3  そして、原告は、別紙契約目録の契約締結日欄記載の日に、契約締結時の相手方らに対し、本件契約上の日本保証の債務について連帯保証した。

4  原告は、前記一括利用権設定契約に基づき、日本保証から保証金五億〇八三〇万円の預託を受け、これを本件建物及びその敷地の取得に際して借り入れた金員の返済に充てた。また、日本保証は、本件契約締結の際、契約締結時の相手方らから、同目録の保証金額欄記載の額の保証金の預託を受けた。

5  右一括利用権設定契約及び本件契約は、いずれも更新された。

6  契約当事者の変動

(一) 原告は、昭和六二年九月二〇日、日本保証との間で、前記一括利用権設定契約を合意解約して本件契約上の日本保証の地位を承継した。

(二) 訴訟承継前被告正傳タカヨは、被告古屋安子に対し、昭和六三年七月七日付の遺言書により全財産を遺贈し、平成四年二月二三日に死亡し、被告古屋安子が本件契約上の右正傳タカヨの地位を取得して訴訟を承継した。

(三) 訴外所数は、昭和六二年五月一一日に死亡し、被告所敬、同所裕、同所輝、同富士本郁子が本件契約上の右所数の地位を相続した。

(四) 訴訟承継前被告山田正男は、平成六年二月二五日に死亡し、妻である訴訟承継前被告山田夏子が本件契約上の右山田正男の地位を相続した。右山田夏子は、同年七月二〇日に死亡し、同人の姉の子である被告堀由美が本件契約上の右山田夏子の地位を相続して訴訟を承継した。

7  原告は、別紙契約目録の増額請求時の相手方欄記載の各人に対し、本件訴状をもって、本件契約は賃貸借契約であると主張して借家法七条一項に基づく賃料増額の意思表示をし、本件訴状は、別紙賃料目録の増額の効力発生日欄記載の日の前日に右各人に送達された。

8  なお、毎月の利用料は、別に定めた管理契約で別紙賃料目録の契約締結時の利用料欄記載の金額と定められたが、その後、日本保証の申入れにより、同目録の賃料増額請求時の利用料欄記載の金額に増額された。

二 争点

1  本件契約は賃貸借契約にあたるとして、賃料増額を請求することができるか。

(原告の主張)

本件契約は、利用者が保証金を預託することにより、約定の期間、居室の使用収益を継続しうることを内容とし、保証金の運用益相当額と居室の使用収益とが対価関係にあるから、賃貸借契約にあたり、借家法七条一項による賃料増額請求が可能である。

(被告らの主張)

(一) 被告ら全員の主張

借家法七条一項の賃料増額請求権に関する規定は、賃料の定めがあるときに適用され、本件のように、賃料の定めが存しない場合には適用されない。

また、同項の適用にあたっては、賃料が確定していることが必要であるが、本件契約に基づいて預託された保証金の運用益は、運用状況・市場金利の変化等で変動するものであり、確定することはできない。したがって、この点からも、本件契約には同項を適用できない。

(二) 被告古屋安子、同株式会社岩佐鉄工所及び同阿部公照を除く被告らの主張

通常の賃貸借契約では、一定の使用期間中に使用の利益に対応する賃料が支払われるという対価関係が継続する。これに対し、本件契約では、契約締結時に利用権設定の対価として保証金の預託を行うだけで、以後、通常の賃貸借契約にみられる賃料の支払義務を負わないという合意がなされたのである。

そして、本件契約では、当初一五年間の期間を定めているが、それ以後も従前と同一条件での五年ごとの契約更新を予定しており、更新については借家法の規定を準用する旨の合意も存在しており、長期的な使用が予定されていた。しかも、賃料の支払義務の不存在は、本件契約の基本的内容であるから、一五年経過後に賃料の支払義務が発生するのであれば、当然これを契約書や勧誘のパンフレットに明記すべきであるが、日本保証は、これを行っていない。さらに、本件契約によって成立した利用権は、土地共有持分権付建物区分所有権の時価と同等の財産的価値を有する権利として譲渡が認められ、その譲渡益は被告らに帰属することとなっていたが、これは、長期間賃料を支払わずに使用収益できることを前提としている。

以上のとおり、本件契約は、被告らが契約締結後に賃料の支払義務を負わないことが基本的内容となっており、これは、当初の一五年間だけでなく契約更新後も継続することが予定されていたから、被告らは、賃料支払義務を負わない。したがって、右義務の存在を前提とする原告の請求は認められない。

(三) 被告吉川幸子、同増村時子及び同堀田由美の主張

仮に本件契約について借家法七条一項の規定が適用されるとしても、当事者間に、賃料の増減額を請求しない旨の特約があった。

(四) 被告西川良次の主張

本件契約締結当時、マンションの売行きが悪かったことから、原告は、一定期間の経過後、保証金還付の名目で居室の買戻しをさせることができることを利点として買主を募り、本件契約を締結させたのであり、本件契約は、賃貸借契約ではなく、居室又はその利用権の売買契約である。

(被告らの主張(二)に対する原告の反論)

原告は、本件契約締結にあたり、居室の入居者の変更があった場合には保証金の額を上げ、また、一五年経過後には、入居者全員に退去してもらい、本件建物全体をオーバーホールした上で新規入居者からより高額の保証金の預託を受ける予定であり、一五年という期間を前提として採算計画を立てていた。このため、日本保証は、契約締結時の相手方らに対し、契約期間が一五年であることについて特に注意を促し、その旨の了承を得た上で契約を締結しているのであり、本件契約は、契約更新後まで想定した契約ではなかった。

2  賃料増額事由は認められるか。

(原告の主張)

本件契約締結後、土地価額の著しい高騰、人件費、修理補修費等を含む諸物価の上昇、金利の低下等があった。例えば、本件建物所在地の近くにある六本木六丁目の土地(一平方メートル)の昭和四七年の公示価格は一三万六〇〇〇円であったが、昭和六一年には三二〇万円、同六二年には六〇八万円、同六三年には七〇〇万円に高騰している。また、平成元年二月当時、本件建物の近隣の建物で、本件建物の標準タイプの利用区と同程度の広さの部屋の賃料は、年額四三〇万八〇〇〇円であるのに対し、本件契約における標準的な保証金額一七〇〇万円について年五分の割合で運用益を算定すると、年額八五万円となるにすぎない。

(被告らの主張)

原告は、日本保証から取得した保証金をもって、本件建物及びその敷地の取得に際して借り入れた金員の返済に充てているから、右取得に際し何ら自己負担をしていないことになり、本件建物朽廃による本件契約終了時に、被告らに保証金を返還するだけでその敷地のキャピタルゲインを取得できる。また、土地・建物の公租公課や維持管理費が値上がりした場合には、利用料を増額できるので、値上がりの不利益を被らない。さらに、不動産価格が上昇した場合には、本件建物とその敷地を担保にして借り入れた資金を運用することにより利益を得ることができる。

他方、被告らは、保証金を借入れにより調達しており、その金利を負担しているから、この金利負担と居室の使用利益とは経済的に対応関係にあり、被告らにこれ以上の負担をさせることは、被告らにとって著しい不利益となる。

3  事情変更の原則の適用があるか。

(原告の主張)

本件建物の入居者の募集に予想外の日数を要し、その間に支払利息が発生したこと、入居者に対する保証金返還債務について銀行の保証が必要となり、同額の預金をするために借入れをし、支払利息が発生したこと、本件契約締結当時は予想できなかったほどに物価、人件費、公租公課、地価が上昇したことなどから、原告は、当初の予定をはるかに超える支出を余儀なくされ、多額の負債を抱えることになった。

また、本件契約締結後、本件建物の賃料額(保証金の運用益)と近隣の賃料水準との間に著しい不均衡を生じた。

契約期間である一五年間は、赤字が当初の予想金額より大きくなったとしても、原告が負担せざるを得なかったが、その後は、原告と被告らとの間の不均衡は是正されなければならず、いわゆる事情変更の原則の適用により、契約条件を改定し、賃料の増額がされるべきである。

(被告らの主張)

原告と被告らの間には経済的不均衡はないし、原告主張の損失は、本件建物と関係のない別の不動産投資の失敗による利息負担の累積及び原告代表取締役の報酬に関して生じたものであり、利用者が負担すべきものではない。

4  適正賃料額

(原告の主張)

各利用区の別紙賃料目録の増額の効力発生日欄記載の日における適正賃料額は、同目録の原告主張の適正賃料額欄記載のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  本件契約は賃貸借契約にあたるとして賃料増額を請求することができるかについて

1 《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件契約は、前記保証金システムにその特色が見られるが、このシステムは、転居、住み替え等の転出時に保証金の全額について速やかに返還を受けることができるものとして考案された。すなわち、昭和四〇年代においては、人口の流動性が高まり、転居が容易、迅速に行えるようなシステムの創設が社会的に要請されていたところ、右システムは、右要請に応え、かつ、マンションを購入する場合と対比し、転売価格下落のリスクを回避し、登記手続費用及び税金の負担が不要であることなどの長所があるものとして考案された。

(二) 本件建物及びその敷地等の取得原価は、敷地取得価格が一億九九四五万四五〇〇円、建物価格が二億九三四九万五三六〇円、企画広告料が五〇八三万円、合計五億四三七七万九八六〇円であった。

他方、日本保証から原告に保証金五億〇八三〇万円が支払われ(原告及び日本保証の予測に反し、分譲価格相当の保証金の取得は、実現できなかった。)、右保証金が、本件建物等の取得資金として金融機関から融資を受けた借入金の返済に充てられた。

(三) 本件契約締結に際して作成された建物利用権設定契約書等の各契約書には、賃料についての記載はなく、また、契約更新に関する条項が記載されているにもかかわらず、契約更新後における保証金の見直しや、賃料の新規負担についての記載もない。

(四) 日本保証が本件契約の勧誘を行う際に用いたパンフレットには、「<保証マンションシステム>とは、マンションの分譲価格相当の保証金を預けて利用権を手に入れることです。ですからこれは所有権売買の分譲マンションとはまったく性質が違うわけです。」、「普通、賃貸マンションの家賃は敷金(保証金)に比例して安くなりますが、それをさらに多くして、分譲と同じ価格の敷金(保証金)を入れたので、家賃がタダになったと考えれば良いわけです。」、「(管理費だけは毎月お支払いいただきます)」などと記載されており、また、賃貸借との比較について「どの位家賃をとられるでしょうか? しかもいつまでたっても払い捨てです。」という記載がある。

2 ところで、前記のとおり、日本保証は、被告らから無利息で保証金の預託を受け、その他には毎月管理費相当額の利用料しか受領しない契約内容であることなどに徴すると、本件契約は、日本保証及びその承継人である原告が、被告らに対し、居室を使用収益させることを約し、その対価として保証金の運用益(少なくとも保証金の利息相当額)を取得する契約であり、この側面に着目する限りにおいて賃貸借あるいはこれに類する契約であると認めるのが相当である。

3 しかしながら、前判示の諸事情、特に、本件契約においては、契約締結時に取得原価相当の保証金が預託され、契約締結後に管理費相当額の利用料のみを支払うことと定められ、賃料の支払については定めがなく、また、借家法の準用については、契約の趣旨及び各条項に反しない限りという制限が付されていること、本件契約に関する各契約書には、契約更新に関する条項が記載されているにもかかわらず、契約更新後における保証金の見直しや、賃料の新規負担についての記載はなく、勧誘用のパンフレットには、本件契約はマンションの分譲あるいは賃貸借と異なる新しい契約形態であり、賃料は不要である旨の記載があること等を総合して考察すると、本件契約は、契約期間内はもとより、契約更新後においても、賃料の負担を要しないことを本質的内容とし、借家法七条一項を適用ないし類推適用して新たに賃料支払義務を生ぜしめることもできないものといわざるを得ない。

なお、原告は、本件契約は一五年で終了することを前提としたものであると主張し、《証拠略》中にはこれに沿う部分があるが、右各部分は、前掲採用証拠に照らして措信できず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

4 したがって、本件契約は賃貸借契約にあたるとして賃料増額を請求することができる旨の原告の主張は、理由がない。

二  事情変更の原則の適用があるかについて

1 事情変更の原則は、契約法における信義誠実の原則から導かれるものであり、これが適用される場合には、当事者に対して契約内容を将来に向かって修正し又は解除する権利を取得させるのであるから、事情変更の原則が適用されるためには、契約後に生じた事情の変更が当事者の責に帰することを得ず、しかも当事者の予見せず、かつ、予見することのできなかった異常なものであるため、当事者に契約どおりの履行を強制することが著しく衡平に反すると認められる場合であることが必要であると解される。

2 これを本件についてみるに、原告は、事情変更の原則を適用すべき事由として、本件建物の入居者の募集に予想外の日数を要し、その間に支払利息が発生したこと、入居者に対する保証金の返還債務について銀行の保証が必要となり、同額の預金をするために借入れをし、支払利息が発生したこと、予想外の物価、人件費、公租公課、地価等の高騰により、原告が多額の負債を抱えるに至ったこと、被告らから受領した本件建物に関する保証金の運用益と近隣賃料水準との間に著しい不均衡が生じたこと等を主張する。

なるほど、前掲採用証拠のほか、鑑定人生江光喜作成の鑑定書及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件建物の入居者の募集に予想外の日数を要し、その間に支払利息が発生し、また、入居者に対する保証金の返還債務について銀行の保証が必要となり、同額の預金をするために借入れをし、支払利息が発生したこと、原告が現在赤字経営の状態にあること、本訴が提起された平成元年当時、本件建物の近隣の賃料と右保証金の運用益(長期プライムレートにより算出したもの。)との格差を比較すると、前者が後者の約二・五倍から四倍近くに拡大したこと、以上の事実が認められ、また、昭和四六年ころから平成元年ころまでの間に、諸物価、人件費、公租公課、地価等が年々上昇してきたことは、公知の事実である。

しかしながら、右各支払利息が発生し、本件契約の締結により原告に赤字が生ずることが本件契約締結時に全く予見し得なかったこと、また、本件契約の締結のみに起因して原告の収支が赤字になったことを認めるに足りる的確な証拠はない。

以上の諸点のほか、前判示のとおり、本件契約は、契約期間内はもとより、契約更新後においても、賃料の負担を要しないことを本質的内容としていることを併せ考えると、前記認定に係る事実関係の下においては、本件契約について事情変更の原則を適用すべき事由があるとは未だ認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

3 したがって、事情変更に関する原告の主張もまた、理由がない。

第四  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯田敏彦 裁判官 端二三彦 裁判官 古谷健二郎)

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